季節の歩みと近況を写真で綴る
8月11日 山の日 長野県志賀高原より 鵠沼海岸より 別館 東日本大震災 復興の歩み
 HPリニューアル特別号

2016年8月21日 「再開」


暑い日が続いております。
皆様におかれましては、お変わりなくお過ごしの事とお喜び申し上げます。

さて、8月15日、71回目の終戦記念日を迎えました。
私たちが日々暮らす地域の安寧を心からお祈り致す処です。
日々を過ごす中で、今日を築いて下さった先人たちへの感謝と神仏へ心寄せる事を忘れてはならないと心致す今日この頃です。
私は、終戦から8年後、1953年・昭和28年4月22日生まれ、現在63歳です。

1945年・昭和20年、我が国は、マイナスからの再出発を致しました。
先人たちの懸命な努力の下、国民生活の立て直しが図られ、日本の再建が進められました。1964年・昭和39年には、東京オリンピックが開催され、1970年・昭和45年には、大阪万博が開催され、1972年・昭和47年には、札幌において日本で最初の冬季オリンピックが開催されました。その後も、1998年・平成10年に長野で2回目の冬季オリンピック・パラリンピックが開催され、2002年・平成14年・サッカーワールドカップは、日本と韓国の共催で開催され、2007年・平成19年には、陸上ワールドカップが大阪で開催され、文化とスポーツを通して我が国の発展を世界に示して参りました。

昨年、2015年には、ラグビーワールドカップがイギリスで開催されました。
日本は、世界屈指のチームと言われる南アフリカから劇的な勝利を得ました。皆様の記憶に鮮明に残っておられる事と思います。多くの国民にスポーツの素晴らしさと勇気を示す事が出来た一戦と思います。
「東洋の魔女」から「なでしこジャパン」へ時代の流れの中で、その時々のスポーツ選手が多くの国民の心を支え、スポーツを通して人づくり社会づくりが進められて参りました。

今、正に、ブラジル・リオデジャネイロにおいてオリンピックが開催されております。日本勢の活躍に、来る、2020年・東京大会へ向け更なる期待が膨らんで参ります。胸に日の丸をつけ果敢に世界に挑戦する選手たちの姿から、スポーツの持つ潜在的な力に気づかされる日々です。

そして2020年・7月・東京オリンピック大会、8月・東京パラリンピック大会が開催されます。
私は、かねてより2020年東京オリンピック・パラリンピックを見据え、区民参加型のオリンピック・パラリンピック区民懇談会を設けるよう区議会に求めて参りました。広く区民の声を集め杉並区独自の2020年・東京大会の活性化策を押し進める事が大切であると一般質問等で繰り返し述べて参りました。
先日、8月1日の区報に2020年に向け区民懇談会の施策が開始される事が発表され、嬉しく思っております。私は、今日まで、そしてこれからも、スポーツを通しての人づくり、地域づくり、まちづくりを区議会活動の理念として参る所存です。

一方、我が国の戦後経済は、私が生まれた1953年・昭和28年当時から私が成人するまでの20年間が高度成長期とされております。
私は、日本の高度成長に合わせ育った人間と言えますが、右肩上がりの成長も1972年・昭和47年以降、第一次、第二次、第三次とオイルショックが続き、国民生活における物価の高騰と日常品の品薄感が社会に拡がりました。
しかし、そのつど日本経済の底力が発揮され1985年・昭和60年にバブル景気が訪れた事は、皆様ご承知の通りです。1990年・平成2年を境にバブル景気は後退し1993年・平成5年には崩壊状態となりました。その後、我が国は低成長期に入りデフレ感が続く中、2008年・平成20年9月には、リーマンショックが発生し、景気の底、判断が連日ニュースに取り上げられておりました。

国政においては、戦後50年に渡り政権与党で在った自民党が、2009年・平成21年に下野し、民主党(民進党)が政権を担いましたが国民の期待に何ら応える事が出来ず、2012年・平成24年・12月、解散総選挙が行われ再び自民党が政権に返り咲き、2年後、2014年・平成26年・12月にも総選挙が行われ、第3次阿部内閣によりアベノミクスが加速され、持続可能な社会が求められ今日を迎えております。

私は、この間の2007年・平成19年4月の統一地方選挙において、54歳で杉並区議会議員選挙に初挑戦し、現在3期10年目を迎えております。
杉並区政では、2011年・平成23年・6月、当時の山田区長が国政に挑戦され、現在の田中区政へ転換がありました。
トップダウン区政からボトムアップ区政への転換が図られました。

私が、区議会議員活動の第一と致す処は、地域の暮らしの安心安全です。
そして、先に、お示し致しました、スポーツを通しての人づくり、地域づくり、まちづくりです。地域の声を議会と行政に届け、地域の声が区政に反映される事が大切であると考えて参りました。
久我山に生まれ、育ち、暮らし続け、この地を生業の地とし、地域の保守の中に生きる一人として、地域の皆様からご信任を頂き、地域の代弁者として区議会に参画出来る事を幸運に思っております。
浅学菲才の身であり、その歩みは牛歩のようでありますが、一歩一歩を大切に、区民皆様から頂いたご信任とそのご期待に応えるべく、更なる区民生活の向上に向け区議会活動に努めて参る所存です。

さて、区民生活の向上に向け区議会活動を進める中で、日々暮らす地域の商店街を構成する商店会と地域の町会と自治会の活性化に向け、今後も弛まず区議会に声を届けて参ります。
戦後71年を迎える、今、社会の在り方が変わり、特に、地域経済における中小零細事業者へのしわ寄せと個人商店の役割に大きな変化が生じております。
社会経済の回復と成長が示される中、地域経済への好循環が中々示されない状況にあります。私が暮らす久我山の商店街に生鮮品を扱う魚屋さん、八百屋さん、お肉屋さん、お米屋さん、家庭燃料を供給してきた燃料店がほぼ無くなりました。
車社会と言われ久しいですが、流通コスト削減によるメーカーの直売が行われ地域のガソリンスタンドが激減しています。身近な所でガソリンの給油が出来なくなりました。量販店、スパー、コンビニ等の販売流通システムが成長し拡大され、地域で頑張ってきた商店街や個人商店を淘汰し衰退させ、地域の暮らし方に変化が生じております。大手資本の量販店等により地域消費者への利便性は高められましたが、地域の主流で在った個人商店は、商店主の高齢化と後継ぎの問題を抱え、地域での役割を終えようとしています。地域に残った数件の個人商店が配達等を含めた地域ニーズに応え、個人商店として最後の役割を果たしているように思えます。
個人商店の商店主たちが自助努力を怠った訳ではなく、何回も不況の波を乗り越え今日を迎えています。そして、次の波を乗り越える体力を備えているのか心配を致す処です。私は、地域商店街を構成する商店会の現状を改めて区議会に届け、区内各地域の地域性を鑑みる中で商店街における個人商店の現状も合わせ検証し、区の商店街対策、商店会振興策、個人商店への支援策を更に分かり易く、見え易く、活用し易くしなければならないと考えております。

又、町会や自治会と商店街・商店会が連携を図り、地域の新たな力、核になるようにすべきと考えます。社会の変化と高齢化社会が進む中、地域では、一人の区民の方が複数の地域活動とその役割を担う事が余儀なくされています。
地域全体の問題として解決して行かなくてはならないと考えますので、区議会に地域の現状を届け、改善を図る事が必要と考えております。

来る、2020年・東京オリンピック大会・パラリンピック大会へ向け地域の活力を結集しなければならないと考え続けて参りました。
先に示しましたように、2020年・東京大会に向け活動が始まろうとしている区民懇談会が、2020年対策に止まらず、区民生活の向上に向けた区民懇談会に進化して行く事が出来たらと願う処です。

拙い文章ですが、現在の私の思いを書き記させて頂きました。
9月9日より第3回定例区議会、10月初旬より27年度・決算特別委員会が始まります。
これからも、私、大熊昌巳は、地域に根差し区議会活動に精進致して参ります。
地域皆様のご理解を賜る事が出来れば幸いに存じます。
残暑、厳しい日が続きます、ご自愛下さいますようお願い申し上げます。



お問合せ